令和6年3月25日判決言渡し
令和4年(ワ)第16号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結の日 令和6年1月26日
判決
原告
被告
愛媛県南宇和郡愛南町城辺甲2420番地
被告 愛南町

主文
1 被告は、原告に対し、5万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、50万円及びこれに対する判決確定の日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、愛南町議会議長A宛ての要望書の署名活動に賛同した原告が、被告に対し、①前記Aが議会の議員であるBらに対して要望書を見せ、その謄写も禁止しなかった行為(以下「本件行為①」という。)、②前記Bが前記要望書を謄写した行為(以下「本件行為②」という。)、③前記Bが前記要望書に添付された賛同者名簿を参考に戸別訪問等(電話によるものも含む。)を行った行為(以下「本件行為③」といい、本件行為①、②、③を併せて「本件各行為」という。)は、いずれも公権力の行使としての職務の執行につき、原告の表現の自由(憲法21条1項)、請願権(憲法16条)、思想良心の自由(憲法19条)、プライバシー権(憲法13条)、憲法上の権利保持義務として行っている業務遂行権(憲法12条)を、故意ないし過失により侵害する行為であり、これにより、原告は精神的苦痛を被ったものとして、国家賠償法1条1項に基づき、損害賠償金50万円及びこれに対する判決確定の日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実(末尾に証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがないか弁論の全趣旨により容易に認められる。また、枝番号のある証拠についてそのすべてを引用する場合は枝番号を省略する。)
(1) 当事者等
原告は、被告の町民であり、後記(3)の要望書に賛同し、署名した者の一人である。
A(以下「A」という。)、B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)は、本件各行為がされた合和4年1月当時、愛南町議会(以下「議会」という。)の議員の地位にあった者であり、Aは議会の議長(以下「議長」という。)を、Bは総務文教常任委員会委員長を、Cは議会運営委員会委員長をそれぞれ務めていた。
●●(以下●●」という。)は、被告の町民であり、議会の傍聴等に興味を持ち、友人らと議会の傍聴を行うなどしている者である。●●らは、後記(3)の要望書の提出に際して、●●会(以下「●●会」という。なお、同会の会員に原告は含まれていない。)という名称の団体を設立し、●●が同会の代表となった。●●会の主要メンバーは14名程度であり、議会の傍聴のほか、勉強会やフリーマーケットなどの活動を行っている。(甲10、証人●●)
(2) Bは、令和3年12月17日、D議会活性化特別委員長に対する問責決議を提出し、同日、同決議は可決された(以下「本件問責決議」という。)。(甲2、乙5)
(3)  ●●は、本件問責決議に抗議し、●●の代表として、被告町民への説明を求める内容の要望書を作成し、被告町民からの署名を集めた上、会和4年1月20日、議長であるA宛てに要望書を提出した。この要望書には賛同者名簿が添付されており、それには、原告を含む賛同者380名の記名及び住所の地区名(ただし、番地までは記載されていない。)が記載されていたものの、賛同者らの署名がある賛同者名簿の原本は添付されていなかった(以下、賛同者名簿部分を含めて同日に提出された書面を「本件要望書」という。)。(甲1)
(4) Aは、令和4年1月20日、本件要望書の取扱いを協議するため、議長室において、B及びCに対し、本件要望書を見せた(本件行為①)。
(5) Bは、同日、議会事務局で事務局職員に依頼して、本件要望書を謄写して持ち帰った(本件行為②)。(証人B)
(6) Bは、同日、本件要望書に名前が記載されていた者らに対し、電話をかけたり直接訪問したりして、署名の事実を確認するなどした(本件行為(③)。この戸別訪問等を受けた者らの中に原告は含まれていない。
(7) 愛南町議会会議規則(以下「会議規則」という。)には以下の規定がある。(乙2)「第88条 請願書には、邦文を用い、請願の趣旨、提出年月日及び請願者の住所(法人の場合にはその所在地)を記載し、請願者(法人の場合にはその名称を記載し、代表者)が署名又は記名押印しなければならない。」
(8) 愛南町個人情報保護条例(以下「保護条例」という。)には以下の規定がある。(乙17)

第1条 この条例は、町の実施機関が保有する個人情報の取扱いについての基本的事項並びに当該個人情報の開示、訂正及び利用停止を請求する権利を定めることにより、個人の権利利益の保護及び町政の通正な運営に資することを目的とする。
第2条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
(1) 個人情報個人に関する情報であって、次のいずれかに該当するものをいう。
ア 当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(文書、図画若しくは電磁的記録(略)に記載され、若しくは記録され、又は音声、動作その他の方法を用いて表された一切の事項(個人識別符号(略)を除く。)をいう。以下同じ。)により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)
(2) 略
(3) 実施機関町長(消防長を含む。)、教育委員会、選挙管理委員会、監査委員、農業委員会、固定資産評価審査委員会及び議会をいう。
(4号以下略)
第6条 実施機関は、個人情報を取り扱う事務(以下「個人情報取扱事務」という。)を開始しようとするときは、あらかじめ、次に掲げる事項を町長に届け出なければならない。
(1) 個人情報取扱事務の名称
(2) 個人情報取扱事務を所管する組織の名称
(3) 個人情報を収集する目的
(4) 個人情報の対象者の範囲
(5) 個人情報の記録項目
(6) 個人情報の収集先
(7) 前各号に掲げるもののほか、規則で定める事項
(2項以下略)
第7条 実施機関は、個人情報を収集するときは、あらかじめ当該個人情報に係る個人情報取扱事務の目的を明らかにし、当該目的を達成するために必要な範囲内で、適法かつ公正な手段により収集しなければならない。
(2項以下略)
第8条 実施機関は、個人情報取扱事務の目的以外のために保有個人情報(略)を当該実施機関の内部において利用すること(略)又は当該実施機関以外のものに提供すること(略)をしてはならない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
(1) 本人の同意があるとき。
(2) 法令等に定めがあるとき。
(3) 出版、報道等により公にされているとき。
(4) 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、緊急かつやむを得ないと認められるとき。
(5) 当該実施機関内で利用する場合又は他の実施機関若しくは国等に提供する場合において、事務に必要な限度で保有個人情報を利用し、かつ、当該保有個人情報を利用することについて相当な理由があると認められるとき。
(6) 前各号に掲げるもののほか、実施機関が審査会の意見を聴いて、公益上特に必要があると認めるとき。
(2項略) 」

(9) 本件要望書記載の賛同者の個人情報は、保護条例に基づき、住民から提出された請願、陳情、要望を議会で審議するために収集されたものとして個人情報取役事務登録簿に登録された。(乙18)

2 争点及び争点に対する当事者の主張(一部略)
(1) 表現の自由の侵害の有無
(2) 請願権侵害の有無
(3) 思想良心の自由の侵害の有無
(4) プライバシー権侵害の有無
(5) 憲法上の権利保持義務として行っている業務遂行権(憲法12条)侵害の有無
(6) 公権力性及び職務執行性の有無
(7) 故意ないし過失の有無
(8) 原告の損害の有無及び額

第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記第2の1の前提事実のほか、証拠(甲8、10(陳述書)、証人B、証人、原告本人、後揭各証拠)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 
Aは、令和4年1月20日午前9時頃、の代表であるから本件要望書の提出を受け、同日昼頃、本件要望書の取扱いを協議するため、総務文教常任委員会委員長のBと議会運営委員会委員長のCを議長室に呼んだ。なお、被告の議会においては請願及びこれに類する陳情は議会運営委員会においてその取扱いや付託先が協議され(会議規則91条、94条)、協議の結果、これを請願等として取り扱うことになった場合には、他の委員会の所管に属さない事項として総務文教常任委員会に付託され、審査されることになっている(愛南町議会委員会条例2条1号)。(乙1~3、10)
Bは、Aから本件要望書を見せられ、賛同者名簿に記載されている者もが本当に署名したのかどうかについて疑問を持ち、これを熟読して署名の真偽を確認するため、Aに理由を告げずに本件要望書を事務局に持っていき、事務局職員に対して本件要望書の謄写を依頼し、その写しを一部持ち帰った。
(2)
Bは、帰宅後、本件要望書を確認し、賛同者名簿に知人や親戚の名前があったことから、同日午後3時頃から午後6時頃までの間、知人2名と親戚1名に電話をかけたほか、いとこ1名に対して電話でアポイントを取った上で、直接訪問し、同人らが署名したか否かを確認するなどした。
Bは、上記戸別訪問等の際、上記知人らに対して、「署名したんか。」「何でしたん。」「本当か。」などと尋ねた。
(3)
●●や●●会の他のメンバーは、前記(2)以降に、Bの戸別訪問等を受けた者らから、Bから電話や訪問を受け、本件要望書への署名の事実を確認されるとともに、「本当か。」「何でしたん。」などとしつこく尋ねられたことなどについて、報告や抗議を受けた。
これらを受け、●●は、令和4年1月28日、議長であるAに対し、本件要望書の取扱いに対する抗議文を提出した。(甲3、乙6)
(4)
Aは、令和4年2月7日、Bに対し、同人がした戸別訪問等は保護条例に違反する行為であるとして、厳重注意をし、真摯な反省を求めた。また、Aは、同日、議会の議員らに対し、議員は保護条例上実施機関である議会の職員と解されるため、個人情報を慎重かつ適切に取り扱うよう注意喚起した。(乙7、8)
その上で、Aは、同日、に対し、文書により、本件要望書に記載された個人情報に関し、議員による不適切な取扱いがあったことを詫び、Bを厳重注意としたことや個人情報の取扱いについて議員らに注意喚起したことなどを報告した。(乙9)

2 事実認定の補足説明
Bは、前記認定事実(2)に関し、戸別訪問等を行った相手方に対し、署名の有無を簡単に確認するだけでなく、「何でしたん。」「本当か。」などと重ねて尋ねたかどうかについて記憶がないと供述する(証人B33頁)。しかし、そもそもBはこのような発言をしたことを明確に否定しているわけではないところ、●●は、Bの戸別訪問等を受けた者らから、Bから前記発言等を受けたとの抗議の連絡があった旨供述しており(甲10、証人●●20頁、22頁)、●●の●●会の代表であるとの立場や、実際に戸別訪問等の8日後には●●から抗議文が提出されたとの一連の経緯等に照らし、●●の前記供述には信用性が認められることからすれば、Bは戸別訪問等の際、単に署名の有無を尋ねたにとどまらず、戸別訪問等を受けた側が抗議をしようと思うような態様で、すなわち前記発言等を交え、署名の理由等も問うような形で重ねて尋ねたものと認められる。

3 争点(1)(表現の自由の侵害の有無)について
(1) 本件要望書は表現の自由によって保障されるか
表現の自由(憲法21条1項)は、自己実現の価値及び自己統治の価値を有し、民主政を支える上で非常に重要な権利である。
そして、原告も署名している本件要望書は、議会に対して、本件問責決議の問題性を訴えるという政治的な主張を表したものであり、本件要望書への署名行為は、表現の自由の一形態として最大限保障されるべきである。

(2) 本件各行為によって表現の自由が制約されるか
ア まず、本件行為①は、議長であるAが議事の進行のために議員であるBらに対して本件要望書を見せたにとどまり、それ自体何ら本件要望書に署名した者に対して萎縮効果を与えるものではないから、表現の自由の制約があるとはいえない。本件では、結果的に、本件要望書を見たBが本件要望書の写しを取り、署名者に対して戸別訪問等を行っているが、議長が議員に対して本件要望書を見せるという行為が当然に、本件要望書の真正を確かめるためにその写しを取ることやこれを用いて署名者に対して戸別訪問等を行うことに結び付く行為とはいえないから、本件行為①をもって表現の自由の制約に当たる行為と評価することはできない。
イ 他方、本件行為②③は、本件要望書で批判を受けている本件問責決議の提出者であるB本人が、署名者らに対し、署名の真偽を確かめるために、本件要望書の写しを作成させ、それを用いて、電話や戸別訪問により署名の有無を尋ね、さらに、署名をしたと答えると「何でしたん。」「本当か。」などと署名の理由等も問うような形で重ねて尋ねるという一連の行為であって、署名者らによる署名行為を萎縮させる効果を生じさせる態様であるといえる。そのため、本件行為②③は、表現の自由を制約する行為といえる。
この点、被告は、原告自身は戸別訪問等を受けていないから原告の表現の自由を制約するものではないと主張する。しかし、自らが戸別訪問等を受けなくても、ほかの署名者が戸別訪問等を受けたと聞けば、本件要望書に署名した原告も戸別訪問等を受けるかもしれないと考えるのは自然であるし、これによって、今後の表現活動への一定の萎縮効果が生まれるといえるから、原告の表現の自由の制約も生じているというべきである。したがって、被告の前記主張は採用できない。

(3) 上記制約が表現の自由の違法な侵害と評価できるか
ア 前記のとおり、本件行為②③は表現の自由として保障される本件要望書への署名行為を制約する行為といえるから、その制約の目的が必要不可欠であり、手段が最小限度のものでない限り、表現の自由を違法に侵害するものというべきである。
イ 本件では、本件行為②③の目的について、被告は、議員であるBが、本件要望書に添付された賛同者名簿の真正を確認することは政治活動として正当である旨主張する。
この点、確かに、本件要望書が偽造されたものであるという具体的、合理的な疑いがあれば、その真正を確認する必要はあるといえる。しかし、本件要望書は、後記4のとおり、賛同者の署名や正確な住所の記載を欠くため、法令上の請願の要件を欠くものであるとしても、パソコン等を用いて一般的な書式に従い作成された文書であり、その要望の内容も本件問責決議という議会内で行われた行為について抗議し、愛南町民への説明をするよう議長に求めたものであって、一見して偽造が疑われるような文書ではない。そして、賛同者名簿に署名がないことを問題視するとしても、本件要望書には代表者としての氏名等が掲載されているのであるから、賛同者名簿の原本の追完等を、●●に依頼することなどは容易であり、直ちに偽造を疑うような状況ともいえない。これらのことからすれば、そもそも本件行為②③以前に、偽造について具体的、合理的な疑いが生じていたとはいい難く、本件要望書の真正を確認するという目的自体、必要不可欠なものであったとは認め難い。
ウ 仮に、目的の点を描くとしても、本件要望書の真正を確認するのであれば、前記のとおり、代表者であるに署名者らの自筆の署名がある賛同者名簿の追完を求め、に署名の経緯を確認するなど制約の程度のより小さい他の手段も容易に考えられる状況であった。しかし、Bは、一切このような手段をとらなかったばかりか、議長等ほかの議員にも相談せず、さらには、本件要望書において本件問責決議の提出者として抗議の対象となっているB本人が直接署名者らに対して戸別訪問等を行うという、本件要望書の真正を確認する各種方法の中でも特に萎縮効果が強いと考えられる手段をとっているのであるから、目的達成のための手段として最小限度のものとは到底認められない。
エ したがって、本件行為②③は、原告の表現の自由を侵害し、違法な行為であると認められる。

4 争点(2)(請願権侵害の有無)について
(1) 本件要望書は請願権の保障が及ぶものか
ア 請願とは、政府・地方公共団体の機関に対して、その職務に関する事項について要望又は苦情を伝えることをいう。憲法16条は、国民が国家や地方公共団体に対する要望を行うに際し、公権力による介入、妨害を受けないことを保障したものであり、自由権的側面からも参政権的側面からも強く保障されるべき権利といえる。
本件では、原告を含む署名者らは、地方公共団体である被告の議会の議長に対して、本件問責決議に対する問題点等を伝えて抗議するものであって、請願の趣旨を含むものといえる。
イ この点、被告は、本件要望書は、請願者の署名又は記名押印がなく、住所が記載されていないこと(会議規則88条、前提事実(7))、議員の紹介がないこと(地方自治法124条)からすると請願には当たらないと主張する。
確かに、本件要望書は、これらの法令において定められている請願の要件を満たしておらず、請願そのものとして保障されるということはできない。しかし、本件要望書の記載からすれば、地方公共団体の議会に対して、要望を伝えるものであることは明らかであり、かつ、署名等の要件を欠くものの一応記名はあるのであるから、請願として取り扱うために賛同者名簿の原本の追完等が必要であるとしても、そのことによって直ちに憲法16条の保障が及ばないということはできない。
したがって、本件要望書は、その内容からして請願に類するものとして憲法16条の趣旨に沿って保障されるべきものといえる。
(2) 請願権の制約があるか
ア 憲法16条は「平穏に請願する権利」を認め、請願をしたことによる「差別待遇」を受けないと定めており、公権力による請願権の妨害禁止を明確に定めている。
イ まず、本件行為①は、前記3(2)アで述べたのと同様に、それ自体何ら請願者らの請願行為を妨害するものではないし、当然にBの戸別訪問等に結び付く行為ともいえないから、請願権の制約があるとは評価できない。
ウ しかし、本件行為②③は、前記3(2)イで述べたのと同様に、本件要望書に署名を行った請願者の請願行為を萎縮させる効果を生じさせる行為といえるから、請願権を制約するものと認められる。また、前記3(2)イと同様、戸別訪間等を直接受けていない原告についても、他の請願者に戸別訪問等が行われれば、自分も戸別訪問等を受けるかもしれないと感じることは自然であり、萎縮効果が生じることから、請願権の制約が認められる。
(3) 上記制約が請願権の違法な侵害と評価できるか
前記のとおり、本件行為②③は民主政に関わる重要な権利として妨害禁止が強く求められる請願権を制約する行為といえるから、その制約の目的が必要不可欠であり、手段が最小限度のものでない限り、請願権を違法に侵害するものというべきところ、本件では、前記3(3)で説示したとおり、目的の必要不可欠性も手段の最小限度性も認められない。
したがって、本件行為②③は、原告の請願権を侵害し、違法な行為であると認められる。

5 争点(3)(思想良心の自由の侵害の有無)について
(1) 本件要望書が思想良心の自由によって保障されるか
思想良心の自由は、精神的自由の中で最も根本的なものであり、その対象は、人の内心における考え方や見方であり、世界観、人生観、主義、主張などを含む。そのため、本件問責決議への抗議内容が記載された本件要望書への署名行為といった政治的な主張も保護の対象となる。
(2) 思想良心の自由の制約が認められるか
ア 前記3(2)ア、4(2)イのとおり、本件行為①については、署名者ら自身が外部に表示した本件問責決議への抗議の意思を表す本件要望書について、今後の議会での取扱いを決めるためBらに見せたにとどまり、それ自体署名者らの思想良心の自由を侵害する行為とはいえないし、当然に戸別訪間等に結び付く行為ともいえないから、思想良心の自由を制約する行為と評価することはできない。
イ しかし、本件行為②③については、本件要望書の中で批判の対象とされている本件問責決議の提案者であるB本人が、本件要望書の写しを取り、それを用いて署名者らに対して本件要望書に賛同したか否かを尋ね、さらに、署名をしたと答えると「何でしたん。」「本当か。」などと署名の理由等も問うような形で重ねて尋ねるという一連の行為であり、このような行為は訪問を受けた側からすれば、自ら表明した政治的主張についてその変更を迫られていると感じ得るものといえる。そして、前記3(2)イ、4(2)ウと同様、原告自身は戸別訪問等を受けていないものの、他の署名者がBから戸別訪問等を受けたことを聞けば、自らの政治的主張が非難されていると感じ、その意思を変更するよう求められているように感じることも十分想定されるところであり、その制約が認められる。
(3) 上記制約が思想良心の自由の違法な侵害と評価できるか
上記のとおり、本件行為②③は、思想良心という精神的自由の中でも根本的な権利について、制約をするものであり、これが許容されるためには、目的が必要不可欠であること及び手段が最小限度のものであることが求められるところ、いずれも認められないのは前記3(3)、4(3)のとおりである。
したがって、本件行為②③は原告の思想良心の自由を侵害し、違法な行為であると認められる。

6 争点(4)(プライバシー権侵害の有無)について
争点(4)については、本件要望書記載の個人情報を戸別訪問等に用いられたこと(保護条例違反関係)及び自宅という私的空間に立ち入りをされたことが問題とされており、これらは同一のプライバシー権の範囲とはいえ、その内容が大きく異なることから、以下区別して論ずることとする。
(1) 保護条例違反関係について
ア 憲法13条は、国民の私生活上の自由が公権力の行使に対して保護されるべきことを規定していると解され、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有すると解される(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁参照)。そして、保護条例は、このようなプライバシ一の権利の趣旨に鑑み、個人情報の保護や適切な管理を行うことを目的とし(1条、前提事実(8)、個人情報の目的外利用を禁じている(8条、前提事実(8))。本件について、被告は賛同者名簿が添付された本件要望書について、請願等として議会で審議する目的で個人情報取扱登録簿に登録していることから(前提事実(9))、同目的に照らして、目的外使用の有無やプライバシー権侵害の有無を判断すべきである。
イ そこで、検討するに、まず、本件行為①は、議長であるAが、本件要望書の取扱いを議会で審議する前段階として、請願等の取扱いの付託先委員会を協議する議会運営委員会委員長のC及び付託先委員会となり得る総務文教常任委員会委員長のBに対し、本件要望書を見せたというものであり(認定事実(1))、前記目的に沿った行為といえるから、目的外使用に当たるとはいえず、原告のプライバシー権を侵害するともいえない。なお、前記3(2)ア、4(2)イ、5(2)アのとおり、本件行為①は本件行為②③に当然に結び付くものとはいえないから、本件行為②③にかかる事情により本件行為①についての前記判断は左右されない。
この点、原告は、Aが本件要望書の保管の最終責任者であるにもかかわらず、Bによる謄写を防止していないことが問題である旨主張するが、Bが戸別訪問等を行うことは通常想定されないし、本件要望書の取扱いについての協議の際にBがAに理由を告げずに本件要望書を独断で謄写したという本件事実関係の下では、AにBによる謄写を防止すべき義務があったとはいえないから、原告の前記主張は採用できない。
ウ 他方、本件行為②③は、本件要望書について、未だ具体的な偽造の疑いもない中で、一議員であるBが、偽造であるかどうかを確かめるため、賛同者名簿の個人情報を独断で謄写し、その写しを用いて戸別訪問等を行い、署名者に対して署名の有無等を尋ねたというものであり、前記個人情報の収集の目的を逸脱するものであることは明らかであるから、目的外利用に当たると認められる。
この点、被告は、仮に目的外利用に当たるとしても個人情報を利用するについての相当な理由(保護条例8条1項5号)があると主張する。しかし、これまで論じてきたとおり、本件では未だ本件要望書の偽造について具体的、合理的な疑いが生じているわけでもないし、本件要望書の賛同者名簿を用いて戸別訪問等を行わずとも、代表者に確認して賛同者名簿の原本を提出させるなどの個人への影響がより小さい方法により本件要望書の真正を確認する手段もあったこと等からすれば、個人情報を利用するについて相当な理由があるとは認められない。したがって、被告の前記主張は採用できない。
また、被告は、Bの本件行為②③は、保護条例2条3号にいう議会ではなく、議員個人の政治活動や議員活動に当たるため、保護条例の実施機関に当たらず、保護条例8条違反を構成しないと主張する。しかし、Bは議会の議員であり、議会の議長に提出された本件要望書について、議長から相談を受けた上、独断とはいえ、これを契機として本件要望書の賛同者名簿を利用し、議会の構成員として行動していることからすれば、Bの当該行為は客観的に見て議会活動の一環として行われたものといえるから、Bは実施機関である議会の職員に当たるというべきである(なお、被告自身これまで実施機関でいうところの議会に議員を含めて解釈していたことを認めている(被告準備書面(22頁)L、被告の議会も議員に対して議員が保護条例上の実施機関である議会の職員に当たる旨の注意を発している。(認定事実(4)))。そもそも、仮に議員であるBが、実施機関に当たらないとした場合、個人情報を取り扱う実施機関でもないBが、議長に提出された賛同者名簿という個人情報を勝手に謄写して用いたということになるところ、そうであるならば、後記の公権力性、職務執行性を満たすかはともかく、当該行為自体はむしろ一層違法性の高いプライバシー権の侵害行為とも評価され得るのであって、かかる解釈は被告の意図するものでないと解される。したがって、被告の前記主張は採用できない。
以上によると、Bの本件行為②③は、保護条例8条に反する行為であり、前記アのとおり、保護条例が憲法13条に定めるプライバシー権を保護するためのものであることからすれば、本件要望書の賛同者の一人である原告のプライバシー権を侵害し、違法な行為であると認められる。
(2) 住居の平穏について
原告は、Bの戸別訪問等によって住居の平穏が侵害された旨主張する。しかし、住居の平穏とは、個々の居住空間に対して認められるものであり、仮に、Bの戸別訪間等によって、他者の住居の平穏が侵害されたとしても、それによって、原告の住居の平穏に影響を与えるものではない。本件では、原告は、Bから戸別訪問等を受けていないのであるから、原告の住居の平穏が侵害される余地はない。したがって、原告の前記主張は採用できない。

7 争点(5)(憲法上の権利保持義務として行っている業務遂行権(憲法12条)侵害の有無)について
原告は、情報公開等憲法上の権利保持義務を意識した活動も継続的に行っており、これらは憲法12条によって保障されるものであるところ、本件各行為によって侵害されたと主張する。
しかし、憲法12条は、憲法が他の規定で保障する自由及び権利について、国民が、不断の努力によって保持し、産用しないことを抽象的に定めたものであり、そもそも国民の具体的権利を定めた規定ではない。そうすると、原告が主張するような憲法上の権利を保護する活動を具体的に保障するものとはいえず、同条を侵害する行為というものも想定できない。
したがって、原告の上記主張は採用できない。

8 争点(6)(公権力性及び職務執行性の有無)について
前記3ないし7のとおり、Aの本件行為①については、いずれの権利侵害も認められないため、以下では、Bの本件行為②③に絞って検討する。
まず、公権力性とは、純然たる私経済作用と国家賠償法2条の対象となる公の営造物の設置・管理作用を除いた一切の作用を指すものと解される。また、国家賠償法が広く国民の権利を保護するために存在するものであることからすれば、職務執行性については、職務の執行そのものではなくとも外形から客観的に職務の範囲内の行為に属すると見られるものを含むなど広く解されるべきである。
本件では、Bは、議会の議員として、議長に呼ばれて議長室で本件要望書を見せられた後、その際に本件要望書の写しを取り、議長に提出された本件要望書の写しを用いて戸別訪問等を行い、本件要望書の署名について尋ねるという一連の行為が問題となっており、純然たる私経済作用でも国家賠償法2条の対象でもないことは明らかであって、公権力性は認められる。また、上記経緯からすると、本件行為②③は、いずれも外形上議会の構成員である議員がその職務に関連して行った行為と受け取るのが自然であるから、職務執行性も認められる。
この点、被告は、Bの本件行為②③は議員活動又は議員個人の政治活動であって議会活動ではないから公権力性及び職務執行性を満たさない旨主張する。しかし、仮に、B自身が、本件行為②③を個人の政治活動と考えて行っていたとしても、前記のとおり、職務執行性は行為の外形から客観的に判断すべきものであり、これによれば本件行為②③は議会の議員としての職務の執行について行われたものと認められるから、職務執行性を否定する事情とはいえない。したがって、被告の前記主張は採用できない。

9 争点(7)(故意ないし過失の有無)について
Bは、本件行為②③に当たり、賛同者名簿が偽造であるという具体的、合理的理由もない中、議長等に何ら相談せずに独断で行動し、さらに、会の代表者であるに尋ねて賛同者名簿の原本を提出してもらうなど、より簡易で個人への影響が小さい方法も容易に考えられる状況であったにもかかわらず、そのような代替手段も一切取らなかったものである。このような事情に加え、B自身が本件要望書で問題とされている本件問責決議の提出者であることも併せ考えると、Bは、自らが戸別訪問等を行うことにより、署名者の一人である原告の表現の自由、請願権、思想良心の自由、プライバシー権を侵害するおそれがあることを十分認識することができたものといえるから、本件行為②③について少なくとも過失があると認められる。

10 争点(8)(原告の損害の有無及び額)について
以上のとおり、本件行為②③により、原告の表現の自由、請願権、思想良心の自由、プライバシー権(保護条例違反の点に限る。)という憲法上の重要な権利が侵害されていること、事後にも明確な謝罪等のないことは認められるものの、そもそも原告自身は戸別訪問等を受けておらず、直接戸別訪問等を受けた者と同程度の精神的苦痛を受けたとまではいえないこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の損害額(慰謝料)については5万円とするのが相当である。
なお、原告は、損害額の算定に当たって、●●会等ほかの団体の損害についても言及しているが、これらは原告自身の損害に直結するものとはいえない。また、原告は、被告から本件要望書に対する誠実な回答や対応が得られないことも損害額算定の事情の一つであると主張するが、前記のとおり、本件における原告の損害は、本件行為②③により原告の表現の自由等が侵害されたことに基づくものであって、本件要望書の取扱い自体は損害の原因となる違法行為を構成していないため、この点は原告の損害額を左右するものとはいえない。

第4 結論
以上によれば、原告の請求は、被告に対して5万円及びこれに対する本判決確定の目から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

松山地方裁判所宇和島支部
裁判官 
裁判官 
裁判官 
(判決文抜粋)

原告控訴